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千年希望の丘とは

復興のシンボル「千年希望の丘」

「千年希望の丘」は、東日本大震災の津波により人が住めなくなった土地を活用し、市の沿岸約10kmにわたって「相野釜公園」、「藤曽根公園」、「二野倉公園」、「長谷釜公園」、「蒲崎公園」、「新浜公園」の6つの公園と園路が整備されています。
丘と丘を園路(緑の堤防)でつなぐことで、津波の力を減衰させる役割があるほか、いざという時の避難場所にもなります。
 また、丘の土台などには、人々の生活の証である※震災ガレキが用いられており、大津波の痕跡や被災者の想いを後世に伝え、さらに集落跡地などの遺構の保存による震災の記憶や教訓を国内外に発信するメモリアル公園と防災教育の場として活用されています。

※震災ガレキとは
震災ガレキとは、東日本大震災の大津波により流された家屋の基礎などの震災廃棄物や津波堆積物です。
岩沼の震災ガレキのうち、約90%にあたる57万4000トンが再生利用され、千年希望の丘整備工事に活用されています。

「千年希望の丘」の名前の由来

千年先まで子どもたちが笑顔で幸せに暮らせるよう願いを込めて「千年希望の丘」と名づけられました。

「千年希望の丘」ロゴについて

岩沼市は津波からの被害を減らすため「減災」という考え方のもと、「多重防御」による津波対策を導入しています。ロゴの下辺はその多重防御を表しており、右から『防潮堤』『千年希望の丘』『貞山堀の護岸』『かさ上げ道路(玉浦希望ライン)』の4つの断面図になっています。
4つの防御で、津波から逃げるための時間の余裕をつくります。さらに、沿岸から内陸へ向かう避難道路を複数整備して、多くの人がすみやかに避難できる手段を用意しました。
千年希望の丘は、こうした多重防御の要となる場所です。ロゴのデザインにこうした想いが反映されています。

全体構想図

岩沼市の海岸と※貞山堀の間に築造された、岩沼市の復興を象徴する丘です。全長約10kmの海岸沿いに既存の丘を含め計15基の人工の丘を整備することとしており、高さ3mの園路には2013年から2017年までに約30万本を植樹してます。成長した木々が「緑の堤防」となって未来の子どもたちを守ります。
千年希望の丘見学用リーフレット(PDF)

※貞山堀(ていざんぼり)
戦国武将・伊達政宗公の時代から掘り始められ、約280年をかけて整備された日本最長の運河です。
(貞山は政宗公のおくりな(死後の称号))

構想図

断面図

断面図

植樹について

2013年から全国のボランティアの方々による植樹が行われました。超密植及び多種類混植(宮脇方式)により自立的に成長、自然淘汰される森林を再生します。植樹された木々は約15年~20年で立派な森となり、津波の威力を分散・減衰する「緑の堤防」となります。

植樹されている樹木の種類

  • 中高木

    タブノキ・シラカシ・アカガシ・スダジイ・ウラジロガシ・アラカシ・ヤマザクラ・ヤブツバキ・シロダモ・モチノキ・エノキ・ネズミモチ・コナラ・ヤブニッケイ

    低木

    ヒカサキ・ヤツデ・マサキ・マルバシャリンバイ・アオキ・トベラ・アキグミ

植樹祭
第一回

平成25年6月9日(日)
千年希望の丘相野釜公園で開催しました。
約4,500人のボランティアにより約30,000本を植樹しました。

第二回

平成26年5月31日(土)
千年希望の丘相野釜公園で開催しました。
約7,000人のボランティアにより約70,000本を植樹しました。

第三回

平成27年5月30日(土)
千年希望の丘二野倉公園で開催しました。
約6,000人のボランティアにより約5万本を植樹しました。

第四回

平成28年5月28日(土)
千年希望の丘長谷釜公園で開催しました。
約12,000人のボランティアにより約10万本を植樹しました。

第五回

平成29年5月27日(土)
千年希望の丘新浜公園で開催しました。
約4,000人のボランティアにより約3万本を植樹しました。